とある昼下がり、ロットが外で座っているのをヒュルヒトはみつけた。
ぼーっと温かい陽気に当たりウトウトと眠たそうにしている。
コクリコクリと頭が揺れて今にも倒れ
た。
ヒュルヒトは驚いて急いで駆け寄り、ゴンッと音を立てていた頭を持ち、声を掛ける。
「お、おい!大丈夫...」
そうは言ってみたものの、心配をよそにロットはぐーすか寝ているだけ。
周りを見渡してみるが、仲間の姿も無い。
抱き起こしてもいいが、抱き上げたところで部屋に連れて行くこともできないのでとりあえずその場で起きるのを待つことにした。
なかば強制的に膝枕のようになっていた。あぐらをかいたその上に頭をのせてやり、ヒュルヒトも陽気に当てられている。
(確かにこりゃあ...あったけーや...)
ヒュルヒトもそのうち心地よさにボーッとしてきて眠気に襲われてきていた。
そんな時だった。
「...何してんの」
突然苦手な声がした。
ハッと意識を急いで戻してそのまま上を向いて後方からの声の主を見ようとしたが、ギリギリの首の角度で見えない。
「あ、あ、ノ、ノイさん?」
ギクシャクしながら口角を片方だけ上げ、ヒクヒクと引きつっていた。
ヒュルヒトは何故だかノイが苦手で仕方ないのだ。威圧感というか、キツイオーラが見えるというか。
「な、何か用か...?」
ギクシャクとした喋りは直っていないが敬語ではなくなった。
ノイは怪訝そうな顔でヒュルヒトを見下ろしていた。
無理もない、ヒュルヒトの膝に頭をのせてスヤスヤ寝ているのがロットだからだ。
「この状況が把握できないだけなんだけど...どういうこと?」
「ロットがここでウトウトしてんなーって思ったら思いっきり頭打ち付けて寝に入ったから驚いただけで」
「驚いたら膝枕するようなことになるのか...ヒュルヒトの考えはわからないね...」
ツーンケーンと効果音が付いても仕方ないくらいにツンケンしている。
ヒュルヒトは背中に冷や汗どころではない冷や汗を感じていた程にノイの態度は冷ややかだった。
「いやいや...逆に部屋に連れてって何かしただろって言われるより全然いいけどよ...ってかしねーよ!お前と一緒にすんなや!」
と逆ギレどころではない反論をかます。
ノイは逆にそれを言われたところで表情を変えない。
ヒュルヒトは、あれ?っと拍子抜けをした表情になってしまった。
いつもならズバズバと言葉の刃でも飛ばそうというくらいに反論してくるであろうに。
それよりも、とても静かで...何故かとても寂しげに見えた。
「な、なあ。大丈夫か?」
「え...?」
ノイは何がというような顔をしつつも、視線をヒュルヒトに向けた。
なんだかいつもの感じではなくて違和感を感じていた。
「なんかいつもとちがうぞ」
そういわれて、ノイは悩むように少し頭を捻った。そして、数秒たってから口に出した言葉は。
「そう...?」
どうやら自覚は無いらしい。
だが明らかにテンポも言動もいつもとは違う。
「なんだよ、なんかあったのか?」
「うーん...いや何もないと思うんだけど...一つ言うなら...」
ーロットと仲良くしてくれてありがとう
ノイの口から感謝の言葉を向けられたのは初めてじゃないか?
そう思いながらヒュルヒトは目を点にしていた。
ノイは視線を外しつつ、言っていた。
なぜ急に?
頭に??と浮いては消えていく。
続けて言ってきた言葉はどことなく
少し切なげに。
「ロット...友達っていう友達が全くできなかったんだ。今までね」
横にどっかりと座って、ヒュルヒトに説明するように話出した。
「赤い髪は不吉で不幸を呼ぶ。そんな根も葉もない噂だけで同じ年頃の子供は寄ってこなかったんだよね」
ヒュルヒトの顔が少しゆがむ。
ただ髪が赤いだけ。
何の力だって魔力だって無い。
赤の民は髪が赤いだけの
ただの人間なのに。
人というのは一つの言葉で簡単にも踊らされ、惑わされ、疑い、嫌い、遠ざけることも容易にできる生き物なのだ。
だが、反対もある。
外見などではなく、きちんとその人物を見て、惹かれ、信じ、好きになり、近づき、手を伸ばしてくれる者もいる。
ーロットは、そんな人物に会えることができたんだ。
ノイはそう思い、とても喜びに包まれたのだ。
だからこそ今こうしてヒュルヒトに感謝の言葉を述べた。
いや、述べなければならなかった。
「それは嬉しいことだけどよ...」
聞いていたヒュルヒトは照れ臭い反面、聞きたい事を口に出す。
「こいつの性格なら...友達なんてすぐに出来たんじゃないのか?」
大らかで、人に優しく、誰にでも助けに入ったりしに行くようなお人好しだ。
そう思われても仕方ないが、ノイは表情を崩すことなく答える。
「それは"今だから"そうなんだよ。」
さらにヒュルヒトには頭に???が浮かぶ。
は?と少し遅れて反応してしまったが、ノイは少し横目にヒュルヒトを見てからまた前を見る。
「昔のロットは...こうじゃなかったからね、この子は人が嫌いだったから」
そう聞いてヒュルヒトは耳を疑った。
人の為に起こったり泣いたりするような奴が人嫌いだった?
流石にわけがわからなかったヒュルヒトは反論に出る。
「いやいや、待てよ。人が嫌いなら今こうやってできないだろ。それに今はって....」
そんな軽い反論は一言でかき消される。
「ロットがその感情を隠しちゃったからね...自分で」
ノイが淡々と答えた。
うつむいたままの顔を上げることなく、つぶやくようにヒュルヒトに話をしてゆく。声はいつもよりもさみしげで悲しげで。
この思いもノイは隠し続けていた。
「さっき言ったとおり"不幸になる"だの"不吉"だの言われ続けた結果だよね...ロットは言っていた人だけじゃない...僕まで疑い始めたから」
人を信じようとする心を持つものにとっては、第三者の声だと他から言われるほど破壊力がある。
そう、ロットは言われてしまったのだ。
「お前にこういうこと言ったりするのは"ノイ"にやれって言われてるんだよ」
口にしたノイには表情というものがない感じがした。
ヒュルヒトは背筋が思わず伸びてリアクションを取れずにいる。
驚きよりも、気分が悪かった。
暴力ではなくとも、言葉の刃である。
だが、ヒュルヒトは共感を覚えた。
自分のことを思った時にああ。と。
ロットもだったのか。
なんでこんなにも気になっていたのかやっとわかった気がした。
自分もかつてロットのように明るく、お人好しだったこともあったからか。
そして、その後の嫌がらせを受けていたりと共通していたとは。
ノイも被害者だったのか...
だけど...気になるのは....
「ノイはそんな事勝手にされて何もしなかったのか?」
問われた彼は重く息を吐く様子を見せた。
溜息とかではなく、思っているものが流れ出るように自然に。
「...してた..."つもり"だったんだろうね。
なにもできてなかったんだ。
勝手に犯人にされて、ロットにもそんな風に吹き込まれて。
僕は反発したつもりで何もできなかったんだ。
だから悔しくて...その住んでた村から出ようと決めて...」
いつもより長い言葉にヒュルヒトは意識を集中させたままノイの様子を見ていた。
明らかに、いつもの冷静なノイではない。
どこか、言葉を荒くないよう、引き出して絞り出すように選んでいる気がする。
思えばこの思いを誰かにぶつけたことがあったのだろうか?
ロットと共に歩きながら、ふと思い出したことがあったのではないか?
その度にノイは堪えていたのか。
ヒュルヒトはそんなことを思いながら問いかけを続けた。
「辛くないのか...?」
その言葉にノイが目を少しだが見開いた。
ヒュルヒトの方は向かない。
だけどその言葉に冷静に答える。
「辛かったけど...そんなのは...」
止まる。
正確には止まった。
まるで時が止まったように静止して。
本当に絞り出すかのような声だった。
「今更...もう何も感じないよ」
と。
そんなん嘘だろうが。
ヒュルヒトは内心でそう反論していた。
だが、反論する気にはならなかった。
目の前の彼は本当に虚ろな目をしたから。
気付いたらヒュルヒトは手をぎゅっと握って拳を作っていた。
何故だかこちらの腹が立ったのだ。
行き場のない感情を、ノイは殺したのか?
やり場のない怒りをどうやってかき消したのだ。
やはりノイに関しては謎で仕方ない。
何もわからずである。
「で、その住んでた村からは出たんだよな?そこからどうなったんだよ。」
聞いていいのかわからないが、とりあえずこのまま終わるのは暗い。暗すぎる。
二人旅になるまでが聞ければいいかと思っていた。
ノイはそこで遂にとどめていたであろう言葉を止めず語った。
「...さっき言ったよね。ロットが感情を隠してしまったって。村を出る前日に、ロットは別人のようになったんだ...。
それも、村では何もなかったんだ、何も起きていないかのように。
...負の心だけゴッソリなくなってたんだ」
にわかには信じられないがそんなことあるのだろうか。
人は逆に嫌な思い出は鮮明に覚えているものだと思ったが...。
「じ、じゃあロットのあの明るさは...」
「あれは素の明るさだよ...あれが本来のロット。僕の知る別のロットは...まだ隠れているのかもね...だからさ...」
ノイはまたうつむき加減になって呟いた。
か細い聞こえるか聞こえないかの声で。
「僕は...怖いんだ...」
「あの子の影が...あの子の...あの心が...隠れるのをやめる時が来ちゃうんじゃないかって...戻ってきちゃうんじゃないかって...」
「だから怖いんだ。」
「僕が傷つくよりも...もっと...もっと...」
「今のロットがいなくなっちゃうことの方がずっと...怖いんだ...」
「これが僕とロットの記憶の相違...ロットはあの自分を覚えていないから...」
ノイが見せた弱味。
ヒュルヒトに見せるだなんて、ノイも"どうしたんだろう自分は"と思っただろう。
だけど止められなかった。
久々に吐いた弱音が止まらなくて。
不安が波のように次々と...
込み上げてきて...
だけれど次の瞬間にはノイは笑っていた。
「なんて、言うと思った?」
ヒュルヒトは目を丸くして固まってしまった。
なんだよ、なんなんだよ。
大混乱である。
嘘か?嘘なのか?!
「ぷぷ...ヒュルヒトの顔...真面目ーに聞いちゃって...柄じゃないよねー面白かったよ今の顔ー!」
「俺は真剣に...!」
「ごめんごめん、だけど本音は本音なんだ。本当のことだし、本当に僕は怖いよ。だからさ」
座っていた足をんーっと伸ばして、立ち上がるとヒュルヒトの事を見て微笑む。
微笑んだ後の口から
「ヒュルヒト、ロットの友達でいてやってくれる?」
親代わりである彼からの頼み。
ヒュルヒトは見上げ、膝で気持ち良さそうに寝ているロットの顔を見る。
口の端をにぃっとあげてノイに向き合うと。
「おう、つーか...元からそのつもりだってーの...」
少し照れ臭かった。
ヒュルヒトも久々に友達ができたのだから。
友達でなく、仲間になるんだけども。
「...ありがとう」
こんな会話をしながら気付いたら日が沈み始めていた。
ーこの話をするのも実はまだ先の話なのです。
to be continued....
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