Traumen -Old tale No.1-
これはある二人の少年の話である。
一人は7歳、一人は0歳の赤ん坊。
そんな小さな二人は海岸にいた。
傍らには船があり、砂浜に打ち上げられている。
髪の白い、頬にアザのある少年はノイ。
髪が赤く赤ん坊の男の子はロット。
何故こんな小さな二人が海岸にいるのか、
話は数日前のことである。
北の大陸に住み、外界と離れ暮らしていた赤の民がいた。
彼らは大国であるシュピッツェンから逃げ出してきた数十人の民である。
大国から逃げたしてきた末、極寒の地である北の大地を選んだ。
何人にも立ち入ることを許さない土地を選ぶ事で、平穏に暮らしていたかったのだ。
だが、平穏は大きく変化する。
一日目
シュピッツェンから逃げ隠れ暮らし始めてから数年後。
大国シュピッツェンから遣いが来たのだ。
隠れ里の場所を把握され、赤の民は話し合いをしたいと求められた。
この時、赤の民の長であったレーテル・エーレントは不在。
集落に残っていた者たちは、
「立ちされ」と声を荒げた。
この時、遣いに来た、たった一人を手を殺ろうと思えば殺れた。
しかし、相手に手を出そうものなら必ず報復が来るのは赤の民のほぼ全員がわかる事実。
シュピッツェンから来た遣いはレーテルが居ないのなら話にならないと、去っていった。
二日目
昨日来た遣いが再度、また一人で話に応じてくれと訪ねてきた。
レーテルは、無表情のまま話し合いの場に顔を出した。
「何だ」と聞くまでもないと言った表情で椅子に座り、周りにいた数人全員を部屋の外に出した。
遣いは、シュピッツェンに戻らないかなどと複数の話を持ちかけた。
だが、レーテルは一貫してNOと答えるだけである。
そして、一時間もしないくらいに遣いは出ていった。
そして、三日目のことである。
シュピッツェンの遣いと共に、武装をした五人が現れたのだ。
レーテルとの話し合いで合意を得られなかったシュピッツェンの遣いは、国王より命令されてきたのだろう。
―赤の民を殲滅することにしたのだ
集落の入口にある木で組まれた門は破壊される。
そして、ほんの数時間。
一日も立たずして、全員が殲滅されたのだった。
そしてレーテルは、自分の生まれたばかりである息子ロットと白髪の少年ノイを船に乗せ、バレないであろう航路を使わせ脱出させ今に至るのである。
―――――――~―~―――――――
そして現在時間。
白髪の少年、ノイは泣いていた。
訳もわからず船に乗せられ、まだ赤ん坊であるロットを抱いて2日は海を漂いこの地に流れ着いたのである。
途方にくれながらノイは舟から身を乗り出した。
腕に抱いたロットの元気が無いように思える。
備蓄されていたミルクは与えていたし、他にノイが知りえる原因が見えない。
だが、ロットは泣いたりすることなく見つめている。
ロットを見ている自分が泣いている事に何だか変だなと思った。
『泣くはずの赤ん坊のロットは泣かずに、自分を見つめているのだから。僕が泣いてはいけないんじゃないか。』
僕が泣くのはやめようこの子を不安にさせてはいけないと、ゴシゴシ涙を拭いた。
とにかく、今は身の回りに何があるかの確認をする。
少量の食料に、水、服、など少なくとも必要なものは揃っているようだった。
きっと、レーテルはこうなる事を予測していたのかのように備えていたのかもしれない。
そして、船はもう使えそうになくため息をつく。
乗り上げた際に何処か打ち付け穴が空いたのだろう、少し船体が沈み始めている。
「...船は使えないか...戻れ...ない...」
少し落胆した声で呟いた。
ロットの父と母のレーテルとルージェさんはどうしただろう。
頭にぐるぐるとめぐる考えが不安を煽ってくる。
不安で涙を堪えても後から後から流れ出そうになる。
すると、そこに一人の青年が近づいてきた。
ノイはロットを抱き立ち上がると身構える。
「なんだこりゃ...舟...?...君...たちが乗ってきたの?」
表情の柔らかい青年だ。
頭にゴーグルをし、腰には道具袋などをぶら下げ少し着崩した作業着。
ノイは睨んだまま動かずにいた。
相手の青年もキョトンとしながら立っているだけだ。
青年は、少し変に思ったのか一歩足を踏み出す。
ザリッ...
「!」
ノイはピクリと身がまえた。
さらに青年は躊躇なく一歩一歩と踏み出してくる。
ザリッザリッ...
ノイは思わず叫んだ。
「それ以上近づくな!」
青年は、ピタリと足を止める。
二、三歩踏み出したところで距離は5mくらいの差だが、目の前の少年が警戒している事に青年は気付いた。
しかも、幼い少年が抱いているのはさらに幼い赤ん坊であることにも気付いた。
「...や、えっと...どこから来たんだい?」
「........」
青年はどうしようかと考え数秒下に視線を落とし考える仕草をして見せる。
すると、
ストンッ
青年はその場に座り、身に付けている物全てをまるで露店を始めるかのように並べていく。
ノイは訳がわからず、その行動を見つめていた。
ガチャガチャと出てくるのは、レンチにネジ、ボルトに筆記用具。
しまいには、お菓子やらパンやら出てきてどこにそんなのが入ってるんだとツッコミを入れたくなるほどの量だ。
「はい!これで全部だぞ!まさか服まで脱げとか言わないよな?」
青年はパァっと明るい表情をしてそう言った。
ノイは鳩が豆鉄砲を食らったような気分だった。
まさか、信じてもらうために自分の手荷物を全てをさらけ出すとは思わなかったのだから。
「...し、知らない。そんな事しても僕は信じたりしない....」
頑なに、気を許しはしない少年に青年はうーん...と困った表情で 首をかしげている。
その反面、ノイはタイミングを見計らって逃げだそうとしていた。
「...ちょっと待ちなよ」
ノイは足を止める。
少し声色が変わった。
青年は出したものをそのままにして、あぐらをかき顎にてをつく姿勢で諭すかのように言う。
「その子、まだ生まれて1年くらいでしょ。」
「だ、だから何...」
「栄養不足になりかけてる、それに熱量も少ない。食べ物を摂取してる体温じゃないよ。」
青年はじっとノイを見つめたまま視線を外さなかった。
ノイの額にジットリと汗が伝ってきた。
青年の言った意味が少なくとも想像させ、不安を煽る。
「う...だ、大丈夫だ...!僕がどうにか...」
「どうにかできるの?そのままだとその子衰弱して死...」
青年が少し強く言い放つ瞬間、ノイの体が崩れた。
思わず駆け出し、ノイの体とロットを一気に抱き止める。
焦った青年は大きな声で反応を確認する。
「おい!!どうした!大丈夫...か...って...」
焦っていた表情が徐々に収まっていく。
ノイはロットを抱きしめたまま、意識を手放していた。
よく見ると、服にはべっとりと血が付着している。
ギョッとして、思わず手を見返す。
少年に怪我はないようだ。
青年は、少し声を強張らせて呟いた。
「この子らは一体....」
----------------------------------------------------------
パチパチと音が聞こえる。
よく聞いた音。
これは暖炉に火がついていて、燃えた木が弾ける音だろう。
うっすらとした意識の中でノイは考えた。
そんな、なんともないことを考えていた頭が一気に意識を取り戻す。
「!?」
「お、起きたなー身体は大丈夫かい?」
先程の青年が背を向ながらも明るく言った。
そんな青年を構わず部屋の中を見回して、ロットの姿を探す。
隣のベッドにスヤスヤと眠るロット。
ノイは安堵の表情をしながらベッドに近づこうとした。
と、足をベッドから下ろし床に足をついて立とうとした瞬間。ガクリと体制を崩し倒れ込む。
「あ!?おい、ダメだろ。まだ動いたら...」
「.........」
無言でムクリと起き上がって這いずりながらベッドに手をかけ立ち上がる。
よじ登ってロットの横に座り、布団をかけてやる。
それからは、ノイはずっとそこから動かなかった。
「腹減ったろー、今あったかいもんやるからな。」
「...いらない...」
「そう言うなよー、そっちの子も飲めるようにしたんだし、一緒に飲みな。」
「.......」
背を向けていた体を少しひねり、笑顔が見えた。
お人好しなのか、なんなのかわからないがノイには理解できなかった。
“外の世界”は、怖いものだと思っていたから。
先の襲撃を思うと、外の人間は怖い人ばかりなんだろうかとも思っていた。
「ほれ、出来たぜ」
「......」
出来たスープを運んでくる。
ノイは一つ受け取って、自分で一口飲んだあと、ロットに飲ませる。
「熱いから気を付けてやれよ?」
「...わかってる...」
ぶっきらぼうながら、少年は応えた。
こくこくとスープを飲むロットをノイは穏やかな表情で見ていた。
青年は、それを見て安心した。
そんな顔もできるんじゃないか。
と心の中で思いつつ、自分の食べ終わった食器を洗う。
見るのをやめ、洗うのを続けていると服の裾を引っ張られた。
少年は眉にシワを寄せながら視線を反らし小声で
「......ありがとう...」
と言って使った皿をズイっと目の前にさしだした。
青年はきょとんとしたが、フッと笑うと手を拭いてノイの頭を撫でながら
「どういたしまして...♪」
ノイが初めてありがとうとお礼の言葉を口にしたのだから。そのままなでられているノイを青年はニコニコと見ていた。
すると、ノイは急に目に涙を溜め始める。
青年はがギョッとして手を止め慌てて聞いた。
「な、なに!?どっか痛いのか!?」
「........ーーーーちが...」
静かに否定の言葉をもらす。
今まで我慢していた不安や緊張の糸がぷつりと切れたようだ。
そもそもこんな小さな子たちが海を渡って反対側の大陸から来ただなんて、考えてみれば異常でとんでもないことだよな...そう青年は思う。
何があったかはノイは未だに話さない。
とても、辛い出来事でもあったのだろう。
それは、この村に着いた時に気付いていた。
彼の衣服は血に塗れ、疲弊していた事も。
大事にロットを抱え自分のことを警戒していた事でも。
渡ってきた先の地で何かがあったのは明白だ。
「そうだ。名前がまだだったな...俺はカイル。君の名前は?」
「....ノイ...」
「! そうか、ノイっていうのか!いい名前じゃないか」
また笑顔で喜んで見せる彼にノイは少し心を許してもいいかなと思うのだった。
カイルはノイの顔をじっと見て、柔らかい笑顔で言った。
「なにかあったんだろうが...今はいい、ゆっくり休んで...あの子は...」
「ロット...ロットっていうんだ...」
「ロットか、ロットを安静にさせて元気になるようにしなきゃな」
カイルはうんうんと自分で勝手にうなづいて、ノイに笑いかけてから立ち上がり、リビングを出ていった。
一人になったノイはヒタヒタと歩きロットのベッドに近づく。
スヤスヤと寝息を立てて寝るロットを撫でて呟く。
「......ごめんね......ぼく...何もできなかった....」
「...もっと...つよくなるよ...ぼくロットを守れるようになりたいんだ...」
-----------------------------------
そしてこの先のお話はまた別の機会に。
to be continued...
PR