母親は、とても優しく少年を見守り、教え、笑みを絶やすことはなく。
だが少年は、その間笑うことも言葉を発することもなかった。
どうしたらこの子は笑うのだろう、泣くのだろう、怒るのだろう。
まるで動く人形のよう。マリオネットのように。
誰かからの指示で動き続ける。
善も悪もわからぬまま、この子は動き続ける。
そして、少年は一人の男に出会う。
年齢は20半ばくらいだろうか、身長は175くらいで、黒髪短髪。
服装は大国シュピッツェンの騎士のなりをしている。
赤の民と共に脱走してきたのだろうか?
母親から少年を引き離し、少年は武器の使い方を教わるのだ。
年齢にして6歳であった少年には大きな武器だ。
振るのも持つのもまだ厳しい。
母親は言った。
「あの子に、武器を渡すのですか」
「あの子には、善も悪もわかっていない状況です。その子に武器をもたせる意味がわかりますか。」
言った相手は父親にだった。
「意味ならある。我々のこの場所がもしも襲われたときあいつにも、戦ってもらわねばならぬ。」
母親には少年の様子を聞かせることも見せることもなかった。
どんな、ことをしているのだろうか。
怪我はしていないだろうか。
母親にとって少年は安らぎだった。
ぬくもりがある、それだけで救いだった。
「...あの子は、どうして心がないのかしら...」
「....私は...あの子の...」
案の定少年はボロボロになっていた。
痛い 怖い 辛い 苦しい
そんなことを感じることもない。
息を切らせて剣を握る。手にも豆ができていた。潰れようが血が出ようが動じない。
剣を教えている男は言う。
「いいか、俺を“壊す”つもりでこい」
(......こわ...す)
少年の視線が男へ向く。
「壊す」つまりは「殺す」つもりでこいと男は促しているのだ。
少年は地を蹴り真正面から剣をふり抜く。
すぐによけられてしまい、なかなか当たらない代わりに小さいからだを小突かれて体が地に叩きつけられる。
「そんなんじゃ当たらんぞ。頭を使え」
(......。)
ずりずりと起き上がりながら剣を握り返す。
(.....これはなにをするもの...?)
(...こわすもの...?)
(......これをつかってこのひとをこわす...?)
(...こわれたら...どうなるの...)
男が気づいたように歩み寄る。
「どうした、やめるのか」
少年は地を見つめたまま動かない。
首を垂れて、一言も漏らすことなく立ちあがる。
「おい」
その瞬間。
ビリッ....!
男の服が破れる。
少年の握る剣が寸前で服をかすめ服を裂いた。
少しだが、思考が育った瞬間だったかもしれない。
隙を作り男を油断させたのだ。
男は驚いた。
まさか、言葉や考えなどを発する事がない少年が隙を突いてくるとは思わなかった。
(....こいつ...まさかな。)
これだけでも、男にとっては成長の証だった。
剣を収め少年を誘導し、親の元へ戻った。
母親は泣きそうな顔で少年を手当した。
少年はいつもと変わらず、虚空を見つめるような視線のまま。
それでも母親は、少年のために尽くした。
食事や散歩や睡眠など。
しかし、少年は変わらなかった。
父親に呼ばれた少年は帰ってくる度手を血で汚してくる。
母親は毎回泣いた。
たとえ、父親が何かをさせていたとしても少年の心には苦痛などはない。
少年の仕事は、モルモットを壊すことだった。
誰しもが生物の死を目の当たりにすることは精神的苦痛になるだろう。
だが、少年は“壊し”続けた。
言われれば言われるだけ手にかけていった。
そして父親はその亡骸を持ちその部屋から出ていく。
隣の部屋で別の実験に取り掛かるのだ。
少年は常に繰り返した。
(...こわす...)
(...こわすことはいけないこと...?)
(...いけないこと?)
(...こわす...と...とまるの...?)
(とまるってどういうことなの?)
そして、数週間たったある日。
少年が父親の前に立った。
「どうした...早く仕事をしないか」
「...また...こわすの?」
―口を開いた。
微かだが声を漏らすように呟いた。
視線はいつもどおりのままだが、その声は問いかけになっていた。
「...口が聞けるようになったか」
「...こわすの...?」
少年は呟き続ける。
父親は腕を組み言った。
「そうだ、“壊せ”それがお前の仕事だ」
そして何も言わず少年は手を伸ばした。
(...こわしたら...この“イキモノ”はどうなるの?)
(とまってうごかなくなって、どうなっていくの)
少年はわかる限りの言葉で父親に問いかけた。
「うごかなくなったの...とまってしまうの...とめてしまったらどうなるの?どこにいくの。」
「それは“死”というものだ。“止まる”事は“死ぬ”ということだ。ここにはもう存在しない」
少年は理解できなかった。
死ぬ。という単語で全てを無かったことにしてしまうのか?
自分が壊したあの生き物たちは、死んでしまった。
どこへ行ったのか?なぜ動いていたのか。
動いていた中身はどこへ行ったのか。
空っぽになったこの物体はかつて動いていた。
動いていたモノは止まってしまった。
(ぼくが...とめてしまった、このイキモノはどこにいっちゃったの...?)
(ぼくはうごいている...いまもこうしてうごいて...)
(...“動いている”...は“生きている”...)
そして、数ヶ月がたったとき。
突然の出来事だった。
ガシャアンと大きな音をたて、少年は倒れた。
父親が表情を変え駆け寄った。
もとより、体が弱かった少年は度々発作を起こしていた。
もはや少年に意識など無く。
心臓は鼓動を打つのを早め、やがて動きは微弱になっていった。
このままでは死んでしまうと考えた父親は、今まで研究していた事を少年に行うと決めたのだ。
「まだ、完璧に実証できていないんですよ!?危険です。」
助手なんかの言葉など聞こえないかのように、彼は手を早めた。
「完全に死んでしまっては遅いんだ、まだ魂の存在するうちに行わなければ可能性はない」
手にしたのは液体だった。
この液体は、生命エルジュ。
人間の魂を封じていたエルジュを融解させたものである。
液体になっていたとしても魂の形は壊れないと、彼は実験によりわかった。
それを、瀕死である者に流し込むのだ。
まだ、成功例は無かったが瀕死な者ならば命をつなぎ止められると思われた。
魂と魂が反発を起こし死んでしまうかもしれない。
もしくは、体が流れ込んできた魂を異物とし反発、拒絶するかもしれない。
しかし、父親はそんなことよりもただ思うことがあった。
―少年には生きていて欲しいと。
to be continued...
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